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増殖炉とは? |
増殖炉とは?
原子炉の研究が進むと、1回の核分裂で発生する平均2.5個の中性子の有効利用の考えが生まれました。核分裂で発生する2.5個の中性子のうち、1.2個をウラン235に吸収させて核分裂1回とウラン236の生成0.2個に回し、残りの1.3個のうち1個以上をウラン238に吸収させてプルトニウム239を作れば、使ったウラン235以上のプルトニウム239が生まれます。結果的に核燃料を反応前よりも増やすこと(増殖)が出来るのです。このように核燃料物質が核分裂を起こした時に、そこから出た中性子を周囲に存在する本来なら核分裂を起こさない物質に吸収させ、核分裂を引き起こす物質に変化させて新たに核燃料物質を生み出す仕組みを利用した原子炉のことを増殖炉と言います。
増殖炉のアイデアが生まれた当初は、これまでの原子炉のように熱中性子による増殖では実現不可能と考えられていました。そこで核分裂の直後に発生する高速中性子によって核分裂の連鎖反応を続けさせる方法が提案されたのです。高速中性子はウラン235に吸収される確率が低いため、高濃縮ウランを使った燃料棒を非常に高密度に配置する必要がありました。非常に狭い領域で大量の熱エネルギーが発生する関係上、使用する冷却材には、中性子を減速しないもの・粘性抵抗が低いもの・熱容量が高いもの、という条件が求められました。この条件に合うものは液体ナトリウムだけでした。
ところが液体ナトリウムを用いた増殖炉の実用化は完全に失敗に終わりました。例えば日本での高速増殖炉開発は、試験研究炉常陽、実証炉ふげんという段階を踏んで進んでいたのですが、実用炉もんじゅにおける失敗が致命的となりました。液体ナトリウム漏れ事故が頻発し、また液体ナトリウムと接する部品などが想定以上の速さで劣化したため、建設してから長期間、全く運転することができなかったのです。
そうこうしているうちにこの後説明する熱中性子増殖炉が実用化し、化学的に非常に危険な液体ナトリウムを使う高速中性子増殖炉を開発する意義がなくなりました。
実用化された高温ガス炉とトリウム炉
現在実用化されている熱中性子増殖炉には高温ガス炉とトリウム炉の2種類があります。
両者は減速材に黒鉛を用いているという点では共通していますが、使用している燃料も構造も全く違うものになっています。
ここでは高温ガス炉とトリウム炉について動作原理や性質について解説していきます。
①高温ガス炉
高温ガス炉は黒鉛炉の一種です。普通の黒鉛炉では冷却材に中性子を吸収する軽水を使うため水素から重水素が生まれてしまうのに対し、高温ガス炉では中性子を吸収しない冷却材としてヘリウムまたは二酸化炭素を使います。黒鉛炉は直径30m程度なので、熱エネルギーは広い領域でゆっくり出ます。熱容量が小さな気体でも冷却材に使えます。冷却材に水ではなくガスを使う利点は、熱効率が高くなることです。一般に熱機関の効率上限は高温部と低温部の絶対温度の比で決まります。冷却材に液体の水を使った軽水炉の場合、原子炉内の絶対温度は600K(加圧式で320℃程度)なのに対し、室温は300K(25℃程度)であることから、熱力学の法則に従って軽水炉の熱効率の上限が50%となります。様々なエネルギーロスを考えれば、実際の原子炉の熱効率はは35%程度です。これと比較して高温ガス炉の場合は、冷却材にヘリウムや二酸化炭素を使用することによって原子炉内の温度を1000〜1200K(およそ800〜1000℃)レベルまで引き上げることが可能になります。これにより高温ガス炉の熱効率の上限は75%程度に達し、実際の原子炉の熱効率は60%台となります。すなわち水を冷却材に使うと核分裂で発生したエネルギーの1/3程度しか電気エネルギーに変換できず、残りの2/3は排熱として環境に捨ててしまっているのです。ガスを冷却材に使うと発生したエネルギーの2/3を電気エネルギーに変えることが出来、排熱は1/3で済みます。
高温ガス炉の最大の欠点(軍事的には利点)は、燃料として使用したウラン235よりも多いプルトニウム239を製造できることから原爆製造に繋がってしまうことです。このプルトニウム239を燃料棒に入れて次の運転を行えることが増殖炉の特徴ですが、製造されたプルトニウム239はそのままで原爆の原料になります。このため高温ガス炉を使った商用原子炉は、核不拡散の観点から開発しないことになりました。
②トリウム炉
トリウム炉はこれまでに語った天然ウラン由来のウラン235やプルトニウム239を燃料に用いた他の原子炉とは異なり、天然に存在するトリウム232を核反応させて生じたウラン233を核燃料として用いた原子炉です。
ウラン233とウラン235の熱中性子吸収率はほぼ等しく、またトリウム232と比べてウラン233の中性子吸収率は100倍に達しているため、トリウム炉運転開始時は燃料にトリウム232を99%、ウラン235を1%の割合で混ぜたものを使用します。反応が始まった最初こそウラン235による核分裂の連鎖反応が進んでいきますものの。同じ量のトリウム232がウラン233に変わっていき、やがてウラン235が無くなった先はウラン233のみによる核分裂の連鎖反応が進みます。後はトリウム232を補給するだけで反応が進んでいくのです。
中性子を吸収したトリウム232から変化したウラン233をそのまま燃料として活用し、連鎖反応を維持できるという仕組みは、同じ増殖炉である高温ガス炉と比較しても非常に容易なものとなっています。これがもしウラン238―プルトニウム239を使った高温ガス炉の場合だと、
1.炉心が燃料棒で周辺部が劣化ウラン棒でウラン238をプルトニウム239に変換する
2.劣化ウラン棒を一旦取り出してプルトニウム239を精製する
3。プルトニウム239を含んだ燃料棒を作る
という複雑な処理が必要でした。その原因はウラン238と比べたプルトニウム239の中性子吸収確率が400倍とはるかに大きいため、もしトリウム炉と同様にウラン238からプルトニウム239への変換とプルトニウム239の核分裂連鎖反応を同時に行おうとした場合、燃料棒内のウラン238とプルトニウム239の割合を400:1にする必要があったからです。燃料を0.25%しか含んでいない燃料棒では、あまりにプルトニウムが少な過ぎて連鎖反応を継続させることが出来ません。これに対しトリウム炉では比率が100:1であることから、連鎖反応を継続させるのに十分な量のウラン233を維持することが出来るのです。
また燃料となるトリウム232は希土類鉱山に高濃度で含まれているため希土類精製後のぼた山から安価に取れるほか、海水中にも大量に含まれており昔の塩作りのように海辺で製造できます。この燃料となるトリウムの入手のしやすさもトリウム炉発電にとって大きな魅力となります。
加えてトリウム炉には他の原子炉には見られない大きな特徴がもう1つあります。それはこれまでの原子炉は全て燃料棒という形の固体燃料だったのに対し、トリウム炉では液体燃料を使用していることです。液体、とはいっても私たちが普段の生活で取り扱っているような油やアルコールといった類ではなく、高温化してドロドロになったガラスのようなものに核燃料を溶かし込んでいます。ガラスには様々な金属を溶かし込むことが出来るという性質があり、高温化してガラスが流動性を持つようになれば『燃料そのものが冷却材を兼ねること』が出来ます。普通のガラスは酸化マグネシウムMgOと二酸化ケイ素SiO2の混合物ですが、トリウム炉で燃料を溶かし込むのに使用するガラスには似たような性質を持つフッ化リチウムLiFとフッ化ベリリウムBeF2の混合物を使用します。これをフリーベガラスと言います。トリウム炉に用いるフリーベガラスにはリチウム7・ベリリウム9・フッ素19のものを使用します。天然のベリリウムとフッ素はほぼ100%質量数が9と19なのに対し、リチウムには質量数が6と7が1:6の割合で存在しますが、質量の比が1/7もあるので容易に分離することが出来ます。リチウム7・ベリリウム9・フッ素19は全て中性子を吸収する確率が極めて低い原子核であるため、トリウム炉は非常に高い燃料効率を持たせることが可能になります。
トリウム炉の利点はすでに解説した『液体燃料にトリウム232を追加補給すれば反応を維持できること』や『燃料となるトリウムが入手しやすいこと』ほかにも『運転によって生じた不純物を簡単に除去できること』と『緊急時における安全性の高さ』が挙げられます。
まず運転によって生じる不純物についてですが、トリウム炉は運転途中のフリーベガラスにトリウム232を追加補給するだけで5年以上運転が継続できるものの、運転を続けるとフリーベガラスの中に核分裂性生物が不純物として徐々に溜まってきます。そのまま不純物が溜まってしまうと反応が悪くなってしまうのは他の原子炉とかわりありません。ところがトリウム炉におけるこの不純物をフリーべガラス内から除去する操作は軽水炉や黒鉛炉の使用済み核燃料の再処理と比べてはるかに簡単に済ますことが可能なのです。燃料を構成する金属結合物質はガラスに溶け込んでいるのに対し、不活性ガスや共有結合やイオン結合の物質が主成分である不純物はガラスには溶けません。フリーベガラスが液体である温度でそれらも液体であるならば一緒に存在しますけれども、フリーベガラスの温度を様々に調整したり、酸やアルカリを使って化学的な操作を行ったりすると、気体として出てくるものや固体としてガラス内に沈殿するものが生じます。それらを排除すればフリーべガラスに溶けている金属だけを残すことが簡単に出来ます。
それと比較して固体燃料棒の再処理はジルコニウム製の被覆を剥がしてから燃料棒を細かく裁断し、酸などに溶かして液体にすることから始まります。そして温度変化などで除去できる核分裂性生物は少なく、複雑な化学反応を多数工程行わねばなりません。そのどれもがフリーベガラスでは不必要な工程です。
次にトリウム炉の安全性についてですが、これはトリウム炉の構想上、緊急時に原子炉を確実に停止させ、放射性物質の飛散を防ぐ仕組みになっていることが関係しています。トリウム炉では減速材の黒鉛が原子炉内部に置かれており、燃料兼冷却材のフリーベガラスがその間を流れていて、フリーベガラスが黒鉛の間を流れている時だけ核分裂が起きる仕組みになっているのです。地震などの異常事態が発生すると、原子炉内部のフリーベガラスは循環が止まると同時に原子炉下側の弁が開いて、そのさらに下に設置された緊急用タンクに向かって瞬時に流れ込みます。減速材の黒鉛がある炉心からフリーべガラスが無くなってしまえば、ガラス内の核分裂は完全に停止します。
そして異常事態でフリーベガラスが流れ込んだ緊急用タンクの床は厚い鉄で覆われており、海水や河川水で常に冷やされていいるため、タンクに入ったフリーベガラスは短時間で冷やされて固体になります。ガラスは様々な金属を大量に溶かしたまま冷えて固体になると、溶けた金属を外に出さないという性質もあることから、中に溶け込んでいた放射性物質が飛散してしまう恐れが無く、そのまま長寿命放射性同位元素を安定に保管することができるようになります。
核分裂の連鎖反応の維持がしやすく、燃料の調達も容易であり、さらに安全性も高い。このような性質を併せ持つトリウム炉は発電用としてまさに最適な原子炉であると言えるでしょう。
どうしてトリウム炉の開発研究は進まなかったのか
先ほど解説した通り、トリウム炉は経済的にも安全性的にも極めて理想的な発電原子炉であると言いましたが、現実では普及はおろか、開発研究があまり進んでいませんでした。
トリウム炉の開発研究に反対したのは、主にアメリカ軍です。その理由には『トリウム炉は軍事的に全く役に立たない原子炉だったから』という商用の原子炉にとって全く関係ない、トリウム炉最大の欠点と言える事情が絡んでいました。トリウム炉の減速材は黒鉛であるため、原子炉の大型化が避けられません。そのため直径30m程度になってしまうと、潜水艦はもちろん空母にも搭載できなかったのです。
加えてトリウム232は中性子を吸収するとトリウム233になり、2回のβ崩壊でプルトアクチニウム233を経てウラン233になります。ウラン233は中性子誘導核分裂を行うので、一見原爆の材料にも使えるように思えます。ところがウラン233原爆は軍事的に見て致命的な弱点を抱えていました。
原子炉の中でウラン233は中性子と衝突して核分裂反応を起こすほかにも、
ウラン233 + 中性子 → ウラン232 + 中性子 + 中性子
ウラン232 + 中性子 → ウラン233
という反応を繰り返して平衡状態を保っており、常にウラン233の1%程度ウラン232が存在しています。この反応は原子炉内で起きている限り何の弊害もありません。中性子の数も保たれています。ところがウラン233原爆製造では軍事的黒鉛炉のように、炉心に燃料棒、周辺に純粋トリウム232を置いて、しばらく運転した後にトリウム棒を取り出して、中に生じたウラン233を取り出します。その中には必ずウラン232が1%含まれます。ウラン235原爆を作る時、天然ウランの大部分を占めるウラン238の中から質量数が3異なるウラン235取り出すために莫大な電気代が必要でした。ウラン233とウラン232は質量数が1しか異なっていないため、分離はほぼ不可能です。一般にウラン232のように質量数が4の倍数の原子核は崩壊を繰り返して最後に鉛208となります。鉛208は陽子数82中性子数126で安定しているのですが、そこに至る直前、タリウム208が鉛208に変わる時に自然界最高エネルギーのγ線を出します。トリウム232は半減期140億年なので自然界でこのγ線の強度は生物に大きな影響を与えるほどではありませんでした。しかしウラン232の半減期は68.9年と比較的短いため、もしウラン233で原爆を作ったとしたら、その原爆の中にウラン232が1%含まれているだけでもタリウム208からのγ線が非常に強い強度で発生します。戦略爆撃機のパイロットは1時間以内で、戦略ミサイル潜水艦の乗組員は数日で致死量のγ線を被曝するでしょう。パイロットや船員の被曝を防ぐために鉛の壁を搭載すると、爆撃機は離陸できず潜水艦は2度と浮上できなくなってしまいます。
アメリカ軍はトリウム炉研究に断固反対し、研究費が出ないように工作していました。それでもテネシー州オークリッジ研究所で1977年から5年間トリウム炉が事故なしに運転できました。このことを知ったインドのネルー首相はトリウム炉建設を決定し、現在インドではいくつかの商用トリウム炉が安全に運転しています。
エネルギー問題を一気に解決する増殖炉
かつて人類が必要なエネルギーの大部分を軽水炉で作るなら、地球全体で採掘できるウラン235はあと50年分しか持たないと言われていました。これは使用済み燃料棒を再処理せずに、1回使っただけで放棄する場合に限った話です。ここではトリウム炉を含むそれぞれの原子炉が人類の何年分のエネルギーを賄えるか概算してみましょう。
まず軽水炉で使用済み燃料棒から核分裂生成物質を除去する再処理を行った場合を考えます。軽水炉ではウラン235を0.5%程度使ったところで溜まった核分裂生成核種が熱中性子を吸収する割合が大きくなり、連鎖反応は止まります。プルトニウムを取り出しても取り出さなくてもエネルギー源として使える期間は変わりません。軽水炉では使ったウラン235の10%程度プルトニウムが生まれます。これらから、再処理をすれば人類が必要なエネルギー333年分が賄えます。最初のウラン235を再処理して使った300年分と、生まれたプルトニウムの核分裂33年分です。
これから先は常に核分裂生成物質を除去する再処理を行うことにします。
黒鉛炉では、原子炉内部の水は冷却材として必要な量しか入っていません。熱中性子が水素原子核に吸収される損失は軽水炉の20%程度です。このため消費したウラン235の60%程度のプルトニウム239が生まれます。このプルトニウムで原爆を作るのではなく次の燃料棒にするなら、人類のエネルギー1,000年分が賄えます。
黒鉛炉で冷却材を水ではなく高温ガスにすると、全てのウラン238が燃料になります。ウラン235だけでは300年だったのに対し、ウラン238はその1400倍存在します。また炉心の温度が高くなって熱効率が2倍になります。これらより840,000年分のエネルギーが賄える計算となります。
最後にトリウム炉を考えます。地球全体でトリウム232はウラン238の約4倍存在します。ウランはウラン単独の鉱山で採掘されますが、トリウムは海水に溶けており、また希土類と一緒に採掘されます。希土類元素は半導体精製に必要不可欠な物質であり、希土類鉱山内の残土からトリウムが大量に得られることから、経済的に採掘可能なトリウムの量はウランの10倍以上でしょう。トリウム炉は高温ガス炉の10倍、8,400,000年分のエネルギーを賄えるでしょう。