ラドンは原子番号86の元素であり、他の物質とほとんど反応することのない不活性ガスの1種です。
常温では目に見えず、また臭いもしない気体であることから、人間が直接知覚することは出来ません。しかしラドンの大部分を占める同位体ラドン222は半減期3.8日でα崩壊を起こす放射性物質として知られており、比較的半減期の長い鉛210になるまでの計3本のα線を出します。ラドンはマントル内のウランから発生し、私たちの身の回りの空気の中に普通に存在していることからも、人類にとって最も身近な放射性物質の1つであると言えます。(詳しくはこちら)
ラドンから放出されるα線は内部被曝において非常に高い発がん能力を持つ放射線であり、同時に肺という臓器が人体の中でも特に放射線に弱いという特徴を持つため、古くから肺がんへの関与が指摘されていました。
ラドンによる肺へのα線被曝から肺がんの発生は以下のような流れを辿ります。
① ラドンが呼吸によって肺の中に取り込まれる
空気中に存在しているラドンは、他の酸素や窒素と一緒に呼吸によって肺の中に取り込まれます。この時ラドンは他の物質とほとんど反応しないという特徴があるため、肺の奥の方まで届きます。タバコの煙の場合だと水とよく反応を起こすため肺の入り口部分までとなります。ここがラドンとタバコの大きな違いとなります。
② 肺の中でラドンから飛び出たα線が肺の細胞に当たりDNAが傷付く
呼吸によって肺の中に入ったラドン222は半減期3.8日の確率に従ってα線を出しながらポロニウム218という別の物質に変化します。ラドンから飛び出たα線は空気中を4cm程度しか飛びませんが、肺の中で発生したのであれば肺の内壁のどこかしらに必ず当たります。肺は身体の中でも放射線に弱い部位の1つであり、α線そのものが非常に強力な放射線であることから、肺の細胞にラドンのα線が当たると一定確率で細胞核のDNAが傷付きます。またラドンから生じたポロニウム218も放射性物質であり、比較的半減期の長い鉛210に変わるまでのおよそ50分の間に2本のα線と2本のβ線を出します。つまりラドンが肺の中で変化を起こすと、合計3本のα線が肺の細胞に襲い掛かることとなります。
③ DNAの傷付いた細胞が「がん化」する
そもそも「がん」という病気は何かしらの原因でDNAの傷付いた細胞が修復エラーによって突然変異を起こし、本来であれば抑制されるはずの細胞分裂の制御を失って際限なく増殖していく状態のことを指します。この細胞分裂の制御を失った細胞こそが「がん細胞」の正体です。
ラドンから飛び出たα線がDNAを傷付けた時、DNAの2重螺旋の両方を切ってしまい、DNAの修復が難しくなる二本鎖切断を起こしやすいという特性があります。またα線は短い距離でエネルギーを消費する特徴も含めて、α線が当たった細胞は非常に大きな影響を受けます。ラドン原子1個が呼吸によって肺の中に入って変化を起こした場合、そのとき出る3本のα線には福島第一原発事故で有名になったセシウム137が出すγ線1本の7,000倍に相当するがん発生能力があります。
栄養がある限り無限に増殖していくがん細胞は周囲の正常な細胞の活動を阻害していき、やがて人体の生命活動をも脅かしていきます。肺がんの場合は呼吸機能の低下による窒息死が考えられます。