国連の中にはUnited Nations Scientific Committee on the Effect of Atomic Radiation(放射線の影響に関する国連科学委員会)という組織があり、世界中の約200人の科学者が集まって放射線の人間の健康に関する重要な発見があれば国連加盟国政府に報告を行っています。国連加盟国はこのUNSCEARの報告を尊重する義務があり、例えば1990年の報告に基づいて、日本の放射線障害防止法では一般人の医療放射線を除く人工放射線の被曝限度や原子力発電所などの放射線を発生する可能性のある施設の境界での被曝限度を年間1mSvとし、放射線科の医師や放射線技師などの放射線業務従事者の被曝限度や福島第一原発周辺の帰宅困難地域など立ち入り禁止地域に指定する基準を年間20mSvと設定されています。
このようにUNSCEARの報告は世界各国の放射線防護の基礎となっているのですが、そのUNSCEARが2008年の報告で空気中の存在するラドンに対して以下の3点の指摘を行いました。
・肺がんの主因はラドンであること
・建物外のラドン濃度では1年間で人口1億人あたり6,000人が肺がんで死亡すること
・エアコンが普及して建物の気密性が向上すると、空気より重いラドンは部屋の底部に集まり肺がんリスクが上昇すること
ラドンは空気の7.5倍の密度を持つ放射性の不活性ガスで、地球内部に存在するウランから発生します。地球のマントルはいわば溶けたガラスのようなもので、ラドンはマントルの中を上昇し、地殻との境界面に集まります。断層やマグマの通り道があれば地上に出てきます。ヘリウムやアルゴンと同じ不活性ガスなので、化学反応を行いません。水にもほとんど溶けません。屋外の空気1㍑あたり約10,000個存在します。
ラドンは他の物質とほとんど反応しないため、フィルターや吸着剤による除去は不可能です。ラドン濃度を制御する唯一の方法は密閉空間の底に排気口を開けてラドンを放出する方法だけです。ラドンの半減期は3.8日で、空気1㍑あたり毎分1.5個のラドンがα線を放出してポロニウムに変わります。呼吸によって肺に取り込んだラドンがα線を放出すれば、α線が衝突した肺の内壁細胞ががんになる可能性があります。ラドン原子1個が肺の中でがん細胞を作る確率は、福島第一原発事故で周辺地域を汚染した主因のセシウム137が出すγ線7,000本に相当します。喫煙や麻薬も肺がんの原因になり得ますが、それらは人工物で、人間の努力で摂取量0にできます。ラドンによる肺がんを0にすることはできません。しかし空調を工夫すれば、人が長時間過ごす部屋のラドン濃度を下げることは可能です。
太古の昔から1950年代まで世界中のすべての鉱山で肺がんが多発していました。1950年代になって鉱山内部のラドン濃度が測定できるようになると、鉱山内のラドン濃度は地上の100倍以上でした。強力な送風機で鉱山内部に新鮮な空気を大量に送るようになると、鉱山内部のラドン濃度は地上と同程度になり、鉱山労働者の肺がん発生率も一般人と同じレベルに下がりました。
1950年代の鉱山内のラドン濃度と鉱山労働者の肺がん死亡率、地上のラドン濃度を使って、1990年のUNSCEAR報告では一般人のラドンによる毎年の肺がん死者数は人口1億人あたり1,500人と推定しました。ところがUNSCEAR2008では1950年代のデータを精査した上で、毎年の肺がん死者数は人口1億人あたり6,000人と訂正しました。1970年代の日本の肺がん死者は毎年1万人です。当時の喫煙率は成人男性が89%で成人女性が24%でした。喫煙者の肺がん死亡率は非喫煙者の2.2倍でした。1990年報告に従うならラドンと喫煙による肺がん死者は合わせて2,500人程度にしかならず、未知の肺がん原因物質が存在すると言われていました。2008年報告によって、ラドンによる肺がん死者が6,000人で喫煙による肺がん死者が4,000人となり、日本のすべての肺がん死者がラドンと喫煙で説明できるようになりました。
ここで注目されるようになったのはエアコン普及による住宅構造の変化です。1970年代のエアコン普及前の建物は開放的で、夏は風が通り過ぎ、冬もガスストーブか灯油ストーブだったので換気が不可欠であったため、建物内のラドン濃度はどこも屋外と同じでした。(詳しくはコチラ)
エアコンが普及してくると開放的な建物は無くなりました。気密性が高くなければエアコンは効果を発揮できません。密閉空間では空気より重いガスは下部に溜まるのは当たり前です。UNSCEAR2008はエアコンが普及すると、建物の中・上層階のラドン濃度はほとんど0になり、最下階のラドン濃度は非常に高く(例えば屋外の10倍に)なると指摘しました。この数値はUNSCEAR2008の中で最も重要と思われる一般人の自然放射能による被曝量の表に明記されています。
参照:
放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)
「UNSCEAR 2008 REPORT VOLUME I」