肺がんはタバコ以外にも私たちの身の回りの空気の中に普通に存在しているラドンという気体によっても発生します。
ラドンは原子番号86の元素で、ヘリウムやアルゴンと同じ不活性ガスの一種です。空気よりも重く、無色透明なため目に見えず臭いもありません。しかしα線という強力な放射線を出すことと地上の空気1ℓ中に10,000原子程度含まれていることから、私たちの生活の中で最も身近な放射性物質と言えます。
ラドンの大部分を占めるラドン222の主な発生源は地球の奥深くマントル内に広く存在しているウラン238が由来です。
マントル内のウラン238は時間経過によって放射線を出しながら別の物質に変化していき、それをいくつか繰り返すと気体であるラドン222が発生します。マントルは高温の液体ガラスようなものと見做せるため、気体であるラドンがマントル内を上昇し、やがてマントルと地殻の境界面に集まります。そして地殻の所々にある断層や亀裂などのちょっとした隙間を通って大気中へ常に湧き出てきます。ラドン222の半減期(放射性物質が放射線を出して半分の量になるまでの時間)は3.8日とさほど短くないこととそもそも発生源のウラン238の量が膨大であることから、マントル内で発生してから地表に出て来るまでの間のラドンが次の物質に変化したとしてもかなりの量のラドンが残っていることになります。つまりラドン地球上の空気の中にどこにでも存在しています。
ラドンによる肺がんの発生メカニズム
① ラドンが呼吸によって肺の中に取り込まれる
空気中に存在しているラドンは、他の酸素や窒素と一緒に呼吸によって肺の中に取り込まれます。この時ラドンは他の物質とほとんど反応しないという特徴があるため、肺の奥の方まで届きます。タバコの煙の場合だと水とよく反応を起こすため肺の入り口部分までとなります。ここがラドンとタバコの大きな違いとなります。
② 肺の中でラドンから飛び出たα線が肺の細胞に当たりDNAが傷付く
呼吸によって肺の中に入ったラドン222は半減期3.8日の確率に従ってα線を出しながらポロニウム218という別の物質に変化します。ラドンから飛び出たα線は空気中を4cm程度しか飛びませんが、肺の中で発生したのであれば肺の内壁のどこかしらに必ず当たります。肺は身体の中でも放射線に弱い部位の1つであり、α線そのものが非常に強力な放射線であることから、肺の細胞にラドンのα線が当たると一定確率で細胞核のDNAが傷付きます。またラドンから生じたポロニウム218も放射性物質であり、比較的半減期の長い鉛210に変わるまでのおよそ50分の間に2本のα線と2本のβ線を出します。つまりラドンが肺の中で変化を起こすと、合計3本のα線が肺の細胞に襲い掛かることとなります。
③ DNAの傷付いた細胞が「がん化」する
そもそも「がん」という病気は何かしらの原因でDNAの傷付いた細胞が修復エラーによって突然変異を起こし、本来であれば抑制されるはずの細胞分裂の制御を失って際限なく増殖していく状態のことを指します。この細胞分裂の制御を失った細胞こそが「がん細胞」の正体です。
ラドンから飛び出たα線がDNAを傷付けた時、DNAの2重螺旋の両方を切ってしまい、DNAの修復が難しくなる二本鎖切断を起こしやすいという特性があります。またα線は短い距離でエネルギーを消費する特徴も含めて、α線が当たった細胞は非常に大きな影響を受けます。ラドン原子1個が呼吸によって肺の中に入って変化を起こした場合、そのとき出る3本のα線には福島第一原発事故で有名になったセシウム137が出すγ線1本の7,000倍に相当するがん発生能力があります。
栄養がある限り無限に増殖していくがん細胞は周囲の正常な細胞の活動を阻害していき、やがて人体の生命活動をも脅かしていきます。
近年、ラドン濃度が増加しているかもしれない?
肺がんは呼吸によって取り込まれたラドンから飛び出してくるα線が肺の細胞に当たると発生してしまうことから、当然のことながら空気中に含まれているラドンの濃度が濃くなればなるほど肺がんが発生する確率が高くなります。
上のグラフは主要国(G7)における肺がん死者数の年代推移です。
近年、エアコンの普及によって建物の気密性が向上し、それに伴って室内のラドン濃度が増加してしまう可能性が示唆され、国連機関からも屋内ラドンの危険性への警鐘を鳴らす報告がんされました。詳しくは下記のページにて解説しますが、今後の肺がん予防において屋内のラドン対策が極めて重要になります。
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