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補足:ラドン濃度測定器についての注意点

全てのα線測定器がラドン濃度測定に適しているわけではない

α線を測定する方法はいくつも存在するものの、その多くはラドンから出るα線と宇宙線などの他の放射線との区別が困難なものばかりです。個人住宅で簡単に行える測定法の中でα線のみを選び出せるものは、写真フィルム・ヨウ化亜鉛(ZnS)シンチレータ・霧箱の3通りしかありません。

本ページでは霧箱以外の測定器である写真フィルムとヨウ化亜鉛(ZnS)シンチレータについて解説します。

別ページでも詳しく解説しましたが、写真フィルムは米国政府が個人住宅に配布したもので、装置1つ1つの価格が安価で、量産が簡単という利点がありました。しかし測定には3か月から1年という長い期間が必要であり、また測定を終えてからの回収後にα線の個数を数える解析作業を行わなければならないため多大な人件費が掛かるという欠点があります。フィルムを1年間放置すると100個程度のラドンα線が通過すると共に、宇宙線も1億個通過しています。写真フィルムにはこの時の痕跡が残り、痕跡の大きさや形からα線と他の放射線を区別することができるのですが、顕微鏡を使って膨大な数の痕跡の中からα線の通った痕跡を探し出すのには非常に根気と労力の要る作業となります。近年話題になっているAI画像解析システムをフル活用しても光学顕微鏡によるスキャン時間も含めて1件当たり数時間が必要になります。後者の解析時間に関しては今後の技術進歩でいくらかの短縮が見込まれますが、前者の測定期間の長さはどうにもなりません。また、測定期間の長さから写真フィルムによる測定はラドン濃度が比較的安定しているアメリカの住宅の地下室での測定には向いていますが、ラドン濃度の変動が激しい日本の建物の居室向きであるとは言えません。

ヨウ化亜鉛(ZnS)シンチレータはその名が示す通りシンチレータ物質の一種です。シンチレータは電荷を持った放射線が通過するとシンチレーション光という微弱な光を発します。通常のシンチレータではβ線や宇宙線が通過すると大きな光が、α線が入射すると小さな光が発生するのですが、ヨウ化亜鉛(ZnS)シンチレータの場合だけはα線が通ると大きな光が、他の放射線が通ると小さな光が出るという特徴があります。このヨウ化亜鉛(ZnS)シンチレータを使ってα線が通過したときに発生する大きな光を「適切な受光素子(光センサー)」で観測し、それを大きな信号として捉えられれば、α線の個数を数えることが出来ます。

ところがここで1つの懸念が生じます。この「適切な受光素子」に関しては、種類によって無視できない問題が発生してしまうのです。

デジタルカメラの普及で見られるように、現在では多種多様な受光素子が販売されています。しかしその中でシンチレータが出す微弱な光を測定できる素子は非常に限られており、現時点ではシリコンフォトマル(以下SiPMと略す)光電子増倍管(以下PMTと略す)の2種類だけです。

SiPMは光半導体素子の一種で、最大で3mm×3mmのサイズのものが市販されていますが、それより大面積のSiPMは仮に作れたとしても使用することが実質的に不可能です。SiPMの最大の欠点は雑音頻度が非常に高いことです。つまり電気信号的なノイズが多く単独では使えません。ノイズの影響を取り除くためには10個程度のSiPMを並べて同時に信号を出した事象を選び取る必要があります。例えばラドン濃度の測定期間が1週間となるα線測定器を作成する場合、有感領域には10cm×10cmほどの大きさが必要となります。ZnSシンチレータがこの有感領域の役割を担います。ZnSシンチレータの大きさが10cm×10cmであるのならば、そこから出る微弱な光を感知するSiPMは30×30=900個必要になります。α線がZnSシンチレータを通過した時、シンチレーション光はある程度の範囲に広がって多数のSiPMを鳴らします。10個以上のSiPMが同時に大きな信号を出した事象をα線が通過したとして数えます。SiPM自体は安価(1個100円以下)ですが、1個のSiPMからの微弱な電気信号の時刻と大きさを測定できる電気回路を作るには1台で20万円以上の費用が掛かります。すなわち10cm×10cmのZnSシンチレータ+SiPMのα線測定器は1台あたり2億円以上の価格となってしまいます。

小話:家庭用向けに販売されているラドン濃度測定器には注意が必要
ネット通販サイトにおいて「ラドン濃度測定器」と検索を掛けると、数万から十数万程度の価格で家庭用のラドン濃度測定器が販売されているのを目にします。一見取り扱いやすくてリーズナブルな価格に感じる方もいらっしゃいますでしょうが、これらの測定器には注意が必要です。

一通りスペックを確認した限りでは、家庭用向けに販売されているα線測定器のほぼ全ては半導体受光素子が少数しか使用されていないらしく、中にはSiPMではなく、外型はほとんど同じでも増幅率が桁違いに小さい(信号が小さくノイズに紛れやすくなる)フォトアバランシェダイオードや、さらに増幅率が桁違いに小さい普通のフォトダイオードを使っているものも存在しているようです。すでにご購入済みの方は確認してみてください。

もしお手持ちの家庭用のラドン濃度測定器の性能をお疑いであれば、透明な袋やタッパーなどの密閉容器(有線電源の場合は目張りに注意)に入れてラドンの供給を断ってみることをお勧めします。

ラドンは半減期3.8日で減少していく放射性物質であるため、外部からの供給が断たれた場合、その測定器が正確であるならば測定値もまた半減期に従って減少していくはずです。弊社が試験的に購入した家庭用ラドン濃度測定器でその検証を行ってみたところ、最初の段階では測定値に減少が見られましたが、密閉後10日を超えたあたりから測定値が上下する現象が発生しました。少なくとも弊社が購入した家庭用ラドン濃度測定器は低線量帯(数十Bq/㎥)以下の範囲では信用に足りないものであると判断しています。

ZnSシンチレータに関してもう一つの受光素子であるPMTを使ったα線測定器はもっと安価に作れます。PMTは真空管の一種で、PMTは直径1/4インチから25インチまで様々な大きさのものが市販されており、価格は10万円前後です。PMT自体は雑音頻度が低く測定しやすいという長所を持っているのですが、PMTの陽極面に宇宙線が当たると大きな信号が出てしまいます。そのため宇宙線対策としてPMTを3本以上用いてそれらが一直線上に並ばないように配置します。こうすることによって幾何学的に宇宙線がPMTを3本同時に鳴らすことが無くなります。3本が同時に信号を出した事象のみをシンチレーション光(α線の通過)として計数できます。ZnSシンチレータ+PMTでラドン濃度測定器を作成する場合、筐体や電源に多少の値段が張ってしまいますが、SiPMの物と比較してずっと安く1台当たり300万円程度で製造できます。この測定器は直径6cm長さ15cm程度のPMTが3本装着されているので、ラドンから出たα線によるシンチレーション光を簡単に見分けられます。有感領域は10cm×10cmと変わらないため、1カ所の測定に1週間程度の期間が必要となります。

ラドン濃度測定器の種類 特徴 注意点
写真フィルム 写真フィルムそのものは安価で量産が可能。

地下室など比較的ラドン濃度が安定している場所向け。

測定に3か月から1年程度の長い期間が必要であり、解析にも多大な労力と人件費が掛かる。

ラドン濃度の変動が激しい日本の住宅の居室向けの測定器とは言い難い。

ヨウ化亜鉛(ZnS)シンチレータ 他のシンチレータとは異なり、β線や宇宙線への感度が低く、α線への感度が高いシンチレータ物質で測定を行う。 受光素子としてSiPMかPMTが必要だが、SiPMを使用する場合だと読み取り回路の高額さから1台2億円の価格となる。PMTの場合でも1台300万円程度。

通販サイトなどでは家庭用向けに1台数万円から十数万円のラドン濃度測定器が販売されているが、その性能には注意が必要。

霧箱 α線への感度が良好で、β線や宇宙線とも視覚的に簡単に区別できる。

古典的な測定器ではあるが、工作難易度は低く、材料さえ揃えれば誰にでも作成できる。

他の放射線検出器との併用が難しく、エネルギーの大きさや時間を計測することが出来ないため、最新の物理学研究には向かない。

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