放射線審議会の資料からみる問題点
目次
国内で行われたラドン濃度調査研究
上の2つの表は2026年1月19日に開催された第169回放射線審議会総会で配布された資料の1つ「職業上のラドンにおける我が国および諸外国の動向等調査について(PDFファイル)」内にある、日本国内で行われたラドン濃度研究に関する文献調査の結果の一部をまとめたものです。
放射線審議会とは、放射線障害防止の技術的基準に関する法律に基づいて放射線による被害を防止するために必要となる技術的な基準の均一化を図ることを目的として内閣府の原子力規制委員会内に設置された諮問機関であり、年に数回の頻度で総会を行っています。
日本国内における放射線関連の規制値や技術的な基準を定める時、必ず放射線審議会の諮問(政府や自治体が有識者に専門的な見地から意見を求めること)を受けなければならないため、実質的に日本の放射線規制の方針を定める決定機関であると言えます。
国内で行われた大規模なラドン濃度測定調査研究は上記以外にも何度か行われており、それらの研究は2023年7月28日の第159回放射線審議総会資料の「我が国で実施された屋内ラドンに関する調査を踏まえた屋内ラドンへの対応の在り方について(PDFファイル)」にまとめられています。
元ページおよび前ページにて日本政府が屋内ラドンの危険性を指摘したUNCEAR2008年報告やWHOの2009年勧告を「日本には大規模なウラン鉱山が存在しないためラドン対策は不要」と無視してしまったことやその理由について解説しましたが、本来であれば日本でもラドンへの対策を行わなければならない判断の根拠となるべきこれらの研究には、放射線測定器の観点から次の2点の致命的欠陥があったと弊社は考えます。
第1の欠陥:大半の研究でラドンα線に適した測定器が使用されていなかったこと
まず挙げられるのは、上の2つの表に記載されている研究に使用されたとされる放射線測定器のうち、その大半がそもそもラドンから放出されるα線の測定に向いていない検出器であるという点です。
ラドン濃度を測定する場合、その放射線測定器が単にα線の測定できる性能を持っているだけでは不十分であり、α線用の測定器を鳴らしてしまう事象がα線以外にも数多く存在していることを考慮にいれなければなりません。
例えば外気中のラドンから出るα線の強度が1㎥あたりに毎秒20〜25個であるのに対し、宇宙からは第1の雑音として宇宙線のμ粒子が毎秒1,000個/㎡の強度で降り注いでいます。もし測定器の有効体積が10cm×10cm×10cmであるならば、ラドンからのα線は1分に1個程度通過しますが、宇宙線μ粒子は毎秒10数個通過します。すなわちα線の信号とμ粒子のノイズの比は1:1000となり、宇宙線による信号の数はラドンのα線よりも桁違いに多くなります。
第2の雑音は環境γ線です。トリウム232は水溶性であるため、海中で生成する石灰石に含まれています。トリウム232が崩壊すると鉛208になる直前のタリウム208が自然放射能で最も高い2.615MeVのγ線を出します。このγ線が測定器の壁などでコンプトン散乱をすると5〜10個のβ線を放出します。このβ線の強度は壁の厚さに依存しますが、おおむねα線の信号とβ線ノイズの比は1:1000程度で、こちらも桁違いに多いです。
これらの雑音の影響を考慮に入れると、ラドン濃度測定ではα線の1,000倍存在するμ粒子やβ線に感度が無い測定器、あるいはμやβに少々感度があってもα線とは明確に識別できる測定器が必要となります。
話を放射線審議会に提出された資料に戻しますと、1枚目の表の上の方に記載されている2つの検出器はそれぞれ活性炭やグラファイト(黒鉛)にラドンを吸着させ、その後でα線を測定するという方式であり、これらをまとめて「炭素吸着型検出器」と呼ぶことにします。
そして2枚目の表内で「アクティブ型検出器」と呼ばれる3機種の検出器が記載されていますが、機種名からカタログで仕様を確認したところ、そのどれもが「電離箱」というガス検出器の一種でした。
これら2つのタイプの検出器はラドンのα線を測定するのに適した測定器ではありません。
ここではこの2つのタイプの検出器の特徴と、どうしてラドンα線の測定に向いていないかを確認していきます。
・炭素吸着型検出器
炭素吸着型検出器は前述のように活性炭やグラファイトの表面の微細な穴にラドンが分子間力によって吸着する特性を利用していると解説されていますが、そもそも不活性ガスであるラドンが活性炭やグラファイトにきちんと吸着できるのか、仮に吸着できたとしてもラドンの放射性生成核種であるポロニウムやビスマス、鉛、空気中の他の成分などの方が吸着しやすいのではないかという疑問が発生します。
ここではそのラドン吸着に関する議論はしません。
問題はこの後のα線を測定するところです。
活性炭吸着を使用した研究において、ドライアイスとエタノールによって-73℃に冷却した活性炭に液化したラドン(沸点-61.8℃)を別の容器に移してNaI(Tl)シンチレーション検出器でα線を測定したと書かれていました。
NaI(Tl)とはヨウ化ナトリウムにタリウムを添加したものであり、99%以上を占めるNaIは光電効果やコンプトン散乱、電子陽電子対生成などによってγ線を電子に変換する役割を担っており、残りの1%未満のタリウムは荷電粒子が通過するとエネルギーを受け取って励起(エネルギー的に高い状態に変化すること)した後、余分なエネルギーを光として放出する性質があります。
このような性質を持つ物質のことをシンチレーション物質と言い、シンチレーション物質が発する光を光電子増倍管などの光センサーで読み取る装置のことをシンチレーション検出器と呼んでいます。
ここで確認しておきたいのは「NaI(Tl)シンチレーション検出器はγ線測定においては優れた性能を発揮するが、ラドンのα線測定には全く向いていなもの」であるということです。
NaIは潮解性が高く空気中の水分と反応して劣化しやすく密閉容器内に納めて使用することから、そもそも透過性の低いα線やβ線などの荷電粒子の測定には向いているとは言えません。
たとえα線でも測定できるようにするために密閉容器の壁を極限まで薄くしてとしても、α線はNaIの中を10μm程度しか飛ぶことができません。
仮にα線がこの10μm進む間にタリウム原子を10,000個を励起させるエネルギーを放出した場合、10μmの範囲内にタリウム原子が100個程度しか存在しないことから、α線による発光量はタリウム原子100個分で限界を迎えてしまいます。
それに対し電子(β線)や宇宙線μ粒子はこの10μmの間にタリウム原子を10個励起させるだけのエネルギーしか落とさないため、NaI内を1cm以上飛ぶことができます。
結果的に見れば同じエネルギーのβ線やμ粒子がNaIを通過した時にタリウム原子10,000個分の発光量があるのに対し、α線の場合だと100程度の発光量しかありません。
本来であればエネルギーの大きさに比例して増加すると期待されている発光量が増えず、他の放射線よりも少なくなるという現象が発生してしまうのです。
この現象をサチレーションと言います。
このようにNaIに限らβ線やγ線、宇宙線用のシンチレーション検出器でα線を測定しようとするとα線だけ消費したエネルギーに比べて発光量がすくなくなり、ラドンのα線に比べて常に1,000倍単位の頻度で宇宙線や環境γ線が降り注いでくる環境下では、α線との識別を行うことが原理的にできません。
そのためラジウムやアメリシウムなどの線源から飛び出してくるα線の数が宇宙線に対して明らかに多いような場合ならばともかく、宇宙線よりもはるかに少ないラドンのα線を測定するための検出器として不適格であると言わざるを得ません。
引用研究の実験が行われていた1997年頃であればNaI(Tl)シンチレーション検出器によるα線計測が行われていたこともありました。α線測定に限ればNaI部分は不要でありシンチレーション物質としてタリウムのみを用意できればα線を測定できなくはありませんけれども、現代ではよりα線測定に適したZnSシンチレーション検出器が普及しているため、あえて取り扱いが難しく信用度の低い測定器を用いた研究結果を公式の資料で取り上げる意義は皆無と考えます。
グラファイトを使用した研究に関しても同様です。
こちらも活性炭吸着と同様に空気に接触させたグラファイト(黒鉛)へラドンを吸着させ、それを液体シンチレーション検出器によって測定するという方式でした。
液体シンチレーション検出器はトルエンなどの有機溶媒にシンチレーション物質を溶かし込んだもので、主にトリチウムや炭素14のような低エネルギーのβ線を出す線源の測定に使用されます。
放射線関連の書籍にはよく「液体シンチレーション検出器でα線が測れる」と記載されることもありますが、α線が液体シンチレーション検出器内に大量のエネルギーを落とした場合もNaI(Tl)シンチレーション検出器と同様に低エネルギーのβ線が通過した時よりも小さい信号が観測されてしまうサチレーションが起きてしまいます。
つまり液体シンチレーション検出器でα線を測った時においても「α線源が明らかに多いときは測れなくはないが、宇宙線の1,000分の1程度しかないラドンα線を識別して測定することは出来ない」ということになります。
そのためグラファイトを使用したラドン濃度調査研究結果も、放射線測定器の観点から「信用できない」と言わざるを得ません。
・アクティブ型検出器(電離箱)
アクティブ型検出器こと電離箱はテレビのニュースや映画などでお馴染みのガイガーカウンターと同様にガス検出器に分類される放射線測定器です。
基本的な構造に並行で向かい合った2つの電極の間に電圧をかけたものであり、電極間の気体中に荷電粒子が通過した時、発生した電子・イオンのペアをそれぞれ正極と負極に集め、その集まった電荷量を信号として測定する構造になっています。
電離箱の基本原理

電離箱によってα線を測定した時の問題点はNaI(Tl)や液体シンチレーション検出器と同様に「確かにカタログスペック上α線自体を測ることは測れるが、ラドンのα線と宇宙線を区別することができない」という点に他なりません。

上の3つ目の表は電離箱内にα線や宇宙線の各成分が入った時に発せられる信号の大きさを大まかに示したものです。
α線が電離箱に入った時の信号の大きさを100とすると、宇宙線μ粒子単独では1、大量の電子を伴う電磁シャワー成分では50~100、中性子成分からの陽子は電荷がα粒子の半分であるため50、宇宙性生成放射性核種の多くはα粒子であるため100となります。
信号の大きさが似たようなα線と電磁シャワーと陽子と宇宙線生成放射性核種の区別を行うことが困難なのは然ることながら、単独の信号の大きさが100分の1程度であるμ粒子であっても、同じ領域に1,000倍単位の頻度で降り注いているため「α線1個を観測したのか」と「μ粒子100個降り注いできたのか」を区別することができません。
このように「ラドンのα線を測れる」とカタログに記載されている検出器であっても、実際に大量の宇宙線が降り注いでいる環境下で空気中を漂っているラドンから出るα線を測定するには適さない測定器が散在しており、その測定性能を疑うことなく使用している研究も多く存在するため、その選別には注意が必要です。
第2の欠陥:ラドンα線に適した測定器であってもUNSCEAR2008年報告の意図を理解していなかったこと
・固体飛程検出器(写真フィルム)はラドンα線測定に適した測定器
1枚目の表の大部分を占める「固体飛程検出器」は、おそらく放射線測定の専門家の間では「写真フィルム型検出器」あるいは「フィルム線量計」と呼ばれているタイプもの(特に粒子物理実験系において固体飛程検出器は全く違うものが存在するため、以下「写真フィルム」と呼称)だと思います。
今ではデジタルが主流となった写真用カメラですが、かつては薄いフィルムに感光材を塗布した写真フィルムが使われており、今でも一部の愛好家によって使用されています。
放射線の分野において写真フィルムは可視光だけでなく、α線、β線、γ線に対しても感度があり、現像した後に放射線によって刻まれた「点」を調べることによりα線と他の放射線を区別することができるため、ラドンのα線を測定するのに適した検出器であると言えます。
ところが放射線審議会の資料において屋内のラドン濃度を評価するにあたり、写真フィルムによる測定が正しく行われていなかったと、弊社は考えています。
・放射線審議会はUNSCEAR2008年報告の意図を正確に理解していなかった
屋内のラドンによるα線被曝の危険性を訴えたUNCEAR2008年では、気密性の高い室内にいてラドン濃度は部屋全体の空気内で均一に上昇するのではなく、空気よりも重いラドンが室内の底部に集積しやすくなり、それによってがんリスクが上昇すると指摘していました。
そのため屋内のラドン濃度を評価するときに「検出器を部屋のどこ(どのくらいの高さ)に置いていたのか」は重要な要素となり、また「エアコンや換気はどこにあってどのように動いていたか」や「人の出入りによるラドン濃度の変化」についても考慮に入れなければなりません。
第159回放射線審議会総会の「我が国で実施された屋内ラドンに関する調査を踏まえた屋内ラドンへの対応の在り方について」において、検出器の設置状況を問うアンケートには「どの部屋に置いたか?」や「壁からどのくらい離れているか?」や「床から天井までの高さは?」や「部屋のどのあたりに置いたか?」などを問う項目はありましたけれども、調査結果の概要に検出器を「床からどのくらいの高さに設置したか?」といった具体的な情報は反映されていませんでした。
また1年を通じてラドン濃度が大きく変化しない屋外に比べて、日本の一般的な建物は欧米諸国の住宅とは異なりドア窓の開け閉めや換気装置のONOFFなどによって簡単にラドン濃度が変動してしまう(詳しくは次ページ補足)ため、屋内ラドンの危険性を評価するにはできるだけ短期間の測定が望ましくなります。
しかし写真フィルム型検出器は原理的に測定時間内で任意にONOFFすることができず、情報消去もできないため、短期間の測定を行うにはそれなりの大面積(フィルム性能にもよるが、100㎠で測定期間は数日)のフィルムを使用しなければいけません。
写真フィルムそのものは大量生産が可能で安価なものですが、α線によって刻まれた「点」を調べる時にフィルムを顕微鏡で拡大して1つ1つ確認していく必要があり、その「数える作業」に多額の人件費が必要でした。
このことにより大面積のフィルムを使用することができず、数㎠のフィルムで数か月から1年の長期間に及ぶ測定期間を設けていました。
現在では画像解析技術の進歩により自動化されて測定期間の短縮化も可能(詳しくば別ページで)になりましたが、放射線審議会資料の研究にそのような技術は使われておらず、検出器の位置の高さと測定期間の長さの両方の意味で屋内ラドンによるがんリスクを評価するには「不十分」と言わざるを得ません。
参照:
原子力委員会「UNSCEAR2008年報告書」(日本語訳・PDFファイル)
放射線の影響に関する国連科学委員会「UNSCEAR 2008 REPORT VOLUME I」
第159回放射線審議会総会資料「我が国で実施された屋内ラドンに関する調査を踏まえた屋内ラドンへの対応の在り方について」(PDFファイル)
第169回放射線審議会総会資料「職業上のラドンにおける我が国および諸外国の動向等調査について」(PDFファイル)




