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第1の理由:ゆとり教育以後日本人の学力が大幅に低下していること |
弊社は日本では米国のようなラドン対策が実施されなかった理由は主に次の2点だと考えております。
第1の理由:ゆとり教育以後日本人の学力が大幅に低下していること
一般に多くの分野で言われていることですが、ゆとり教育以前は中学校で教えられていた事柄がゆとり教育以後では高校でも教えられないと言ったことが多くあります。ゆとり教育以前の日本の教育レベルは明らかに米国以上でした。今は中国・韓国・台湾などより劣っています。その代表例が放射線です。現在の中学校理科では、
「全ての物質はその物質特有の分子で構成される。分子は原子で構成される。原子は物質を構成する最小単位であり、ある原子が消滅したり他の原子に変化することはない。」
と教えられています。これは古代ギリシャの原子論や古代中国の陰陽五行説で、200年前に完全に否定された考えです。
ゆとり教育以前の中学校理科では、
・原子は原子核と電子で構成される。原子核は陽子と中性子で構成される。
・自然界に存在する原子核の中には不安定な原子核がある。
・また人工的に不安定な原子核を作ることもできる。
・不安定な原子核が他の原子核に変化するときに放出されるものが放射線である。
・放射線にはα線・β線・γ線などがある。
・生体に放射線が当たると低い確率だが、がんになるなど悪影響を生じる。
と、このような事柄を中学生のときに学んできました。そのため政治家や公務員など文系の方でも放射線について一定の知識を持っていました。今放射線を学ぶのは高校物理です。大学入試の2次試験で物理を選択する高校生だけが学びます。すなわち日本人の99%以上が学校教育で放射線を学ぶ機会がありません。これでは自治体の中で放射線の知識を持つ職員が皆無ということも稀ではありません。厚生労働省の職員でもUNSCEAR2008の勧告に従ってラドン対策を実施しろと言われても何をやれば良いのかわからないという人が大部分でしょう。
第2の理由:放射線の専門家の大部分がUNSCEAR2008を間違って理解してしまったこと
最初にUNSCEAR2008を和訳した人物が、同一の建物の中でラドン濃度にばらつきが生じるのではなく、建物の外のウラン鉱山周辺にラドン濃度の大きなばらつきがあると考えたことです。つまりUNSCEAR2008の気密性の高い建物内でラドン濃度が変化するという文章を理解できなかったようです。結果的にこの人物の翻訳が、日本人1千万人を死に至らしめるA級戦犯となってしまいました。
きっかけはちょっとした英語の翻訳間違い
インターネットでUNSCEAR2008を検索すると、第一に日本人の放射線専門家が要約したパワーポインター仕様の42ページの日本語資料、第二に500ページ以上の英文の報告書本文が出てきます。たとえ放射線の専門家でも英語に堪能ではない人は、第一の日本語資料を読むだけでUNSCEAR2008を理解したと考えます。この日本語資料は英文本文と同じ被曝量の表が掲載されていますが、ラドンによる被曝量が0.2〜10mSvと大きくばらついているコメントとして英文本文の「depending on indoor accumulation of radon gas(直訳すれば『室内のラドンガスの蓄積に応じて』)」に対応する日本語版でのコメントが 『ある住居で線量が非常に高い』 になっており、その後の要約において現在の鉱山の中でウラン鉱山が他の鉱山に比べて坑道内のラドン濃度が明らかに高いという表を掲載しています。これを読むと自然に「ある住居とはウラン鉱山周辺地域内の住居」と読めてしまいます。これは完全な誤訳とまでは言い切れませんが、UNSCEAR2008報告の指摘を正しく伝えるものではありませんでした。
日本語資料の翻訳者は英語の初歩的な翻訳間違いをしてしまったのです。翻訳者は「indoor accumulation」の意味を全く理解していません。UNSCEAR2008報告は「建物の気密性が上がると重いラドンは気密区画下部に集積し、建物内にラドン濃度がほぼ0の場所と非常に濃い場所が生まれる」と指摘しています。建物の内部を示す「indoor」は複数形ではなく単数形となっており、特定の地域の複数の建物を示しているのではなく、1つ1つの建物の内部で起きていることを語っています。ところがこの翻訳者はおそらくウラン鉱山探索研究に加わっていたためなのか、ラドン濃度が高くなる理由をウラン鉱山周辺であることしか思いつかず、鉱山周辺の複数の建物で起きる現象だと決めつけてしまいました。いわば単数形と複数形の取り違えを起こしています。
加えて「accumulation(蓄積)」をウラン鉱山近郊の建物内ではラドン濃度が非常に高いと解釈するのは明白な間違いです。ウラン鉱山からの距離が短ければラドン濃度が高いことを示すのなら「accumulation」ではなく、だんだん広がることを「spread(広める)」や「diffusion(拡散)」を使用する方が適当です。また、UNSCEARの報告では「室内にラドンがほとんど存在しない被曝線量0の場所もある」と指摘しているにも関わらず、日本語資料の翻訳者はこのことを全く忘れてしまっています。どのような理屈があってウラン鉱山近郊にラドン濃度が0の場所ができるのでしょうか? さらに過去のUNSCEAR報告において世界中の全ての鉱山でラドンが坑道内部に集積すること示す表現として既に「outdoor accumulation」を使っています。
ラドンはウランの崩壊によって発生します。地球上における主な発生源は外核やマントル内のウラン(詳しくはこちら)ですが、その他にも地殻内のウラン鉱山からも出て来ます。マントル内で発生したラドンはマントルと地殻の境界面に集まったあと断層やマグマの通路から地表に出てくるため、火山地帯や温泉地帯でもなければ断層があるわけでもない地域でラドン濃度が高かった場合、地下にウラン鉱山があります。かつて原爆を作りたい国の政府や人々がウラン鉱山を探し求めていた時期がありました。広島原爆に使われたウラン235は含有率が少なく非常に高価ですが、長崎原爆の原料プルトニウム239を作るために必要なウラン238は含有率が高く比較的安価で手に入れることが出来ます。このラドン濃度測定によるウラン鉱山探索は1950〜1960年代を中心に行われた過去のものであり、こんな50年以上前の常識を2008年に世界各国に通知する必要はどこにもありません。
以上のことを踏まえれば「indoor accumulation」は1つ1つの建物内の気密区画でラドンが下部に集積することを示しているのは明らかです。
しかし日本政府は「日本にはウラン鉱山がないのでラドン濃度の高い場所は存在しないため、UNSCEAR2008は日本には該当しない」と判断してしまったようです。UNSCEARの報告が出たちょうどその頃、日本は世界に遅れる形でウラン鉱山探索を目的としたラドン濃度測定を1980年代から2009年にかけて約18,000箇所でおこなっており、その最終盤に差し掛かっていました。結果的に日本国内でウラン鉱山は発見されませんでしたが、UNSCEARの報告が出た時は測定データを纏めて報告書を作成していた頃でしょう。おそらく日本国内に大規模なウラン鉱山がしないという結果に引っ張られてしまい、UNSCEAR2008報告の「ラドン濃度が高くなる場所がある」との指摘をウラン鉱山周辺のことだと解釈してしまった可能性があります。
UNSCEARの報告にウラン鉱山の有無は関係ありません。UNSCEARが指摘しているラドン濃度にバラツキが生じる原因はラドンガスの密度が空気の7.5倍と重いという普遍的なラドンの物理的性質によるものです。そしてエアコンが普及して気密性が上がれば、ラドンは建物の下部に集積します。このような英語としても中学生でもわかるような誤訳で、気体の振る舞いを考えれば誰でも気付く内容です。もしUNSCEAR2008がウラン鉱山付近のラドン濃度異常を警告しているのなら、ウラン鉱山から離れる対策を勧告していたはずであり、WHO勧告の室内のラドン濃度が高ければ空調改修工事を行うことに触れていないはずでしょう。こんなおかしなことを見過ごしてしまった厚生労働省の担当者は、日本人1千万人を殺すA級戦犯の従犯です。
参照:
原子力委員会「UNSCEAR2008年報告書」(日本語訳・PDFファイル) p.7
放射線の影響に関する国連科学委員会「UNSCEAR 2008 REPORT VOLUME I」 p.339
補足:国内で出版されている放射線の専門書におけるラドンの記述
国内で出版されているほとんどの放射線の専門書において、室内のラドン濃度に大きくバラツキが生じることを記載しているものはありません。
自然放射線について記述のある代表的な専門書として通商産業研究所発行の「放射線概論」や日本アイソトープ協会発行の「アイソトープ手帳」や国立天文台発行の「理科年表」などが挙げられます。
通商産業研究所発行の「放射線概論」は第一種放射線取扱主任者試験受験用テキストと銘打たれており、日本で放射線の専門家を目指す者は必ず熟読しています。この放射線概論にはラドンによる被曝量は0.2〜10mSvとバラツキがあるように書かれていますが、室内ラドン濃度に対するコメントは最新版の第13版(2021年発行)でも存在しません。
日本アイソトープ協会発行の「アイソトープ手帳」は放射線の専門家が調べたいことができたら真っ先に開けるものです。アイソトープ手帳は第11版(2011年発行)にはラドンによる被曝量のバラツキすら書かれていませんでした。第12版(2020年発行)からはラドンによる被曝量の広がりが0.2〜10mSvと正しく書かれるようになりましたが、そのコメントは「屋内のラドンガスによる」と書かれています。このコメントではラドンガスの濃い住居はウラン鉱山付近のような地理的要因で発生するのか建物の気密性が上がったため重いラドンが建物の下部に蓄積するのかはわかりません。
国立天文台が発行している「理科年表」には2014年度版までラドンによる被曝量の広がりすら書かれていませんでしたが(2014年版以前ではUNSCEAR1988報告が記載されていました)、2015年度版からはラドンによる被曝量の広がりが0.2〜10mSvと正しく書かれるようになりましたが、そのコメントは「ラドンガスの屋内濃度に依存する」です。これではアイソトープ手帳と同様にラドンガスの濃い住居の原因はわかりません。
参考:
通商産業研究社「放射線概論―第1種放射線取扱主任者試験受験用テキスト第9版」
通商産業研究社「放射線概論―第1種放射線取扱主任者試験受験用テキスト第13版」
日本アイソトープ協会「アイソトープ手帳第11版」
日本アイソトープ協会「アイソトープ手帳第12版」
国立天文台「理科年表2008」~「理科年表2022」
上記の書物を含めてほとんどの放射線の専門書に、室内のラドン濃度が室外と大きく異なることが書かれていません。それため国内のほぼ全ての放射線の専門家は室内のラドンによる被曝量は屋外と同じだと信じています。
2020年以降にアイソトープ手帳を読んだ人や2015年以降に理科年表を読んだ人は室内のラドン濃度は大きくばらつくことがあると気づいたかもしれませんが、その理由はウラン鉱山のせいと説明されており、日本には大規模なウラン鉱山がないことから、室内のラドン濃度にバラツキは生じていないと信じ切っています。
ゆとり教育の悪影響で、専門外の知識が浅い人ばかりになりました。厚生労働省の担当者は、英語は得意でしょうが放射線は門外漢です。逆に放射線の専門家は英語が苦手だったのでしょう。このちょっとの間違いが、過去最大級の健康被害を日本人にもたらすことになってしまいました。
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